タイトル通り、母子手帳に記載されている分娩所要時間は3時間57分、約4時間でした。
どんなことを意識していたのか、まだ実際どのような流れで出産したのか記録します。
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そもそも分娩所要時間とは
「あれ?思ったより長かったな。」とか、逆に「短かった!」なんて方も多いのではないでしょうか。
私は陣痛促進剤を投与して、順調にお産が進んだので「こんな感じだったな。」といったところです。
そもそも分娩所要時間の開始は、“陣痛が定期的に10分以内で来るようになった時から、胎盤が娩出された時まで”です。
でも、自宅で10分間隔以下になってたらあとはもう申告次第になるので、結構大雑把だったりするんですがね…
私自身の前提
- 身長160cm以上 中肉中背
- 妊娠前から出産直前までの体重増加は6kg
- 骨格ウェーブのため骨盤広め
- 母方は母、祖母共に超安産(※母の姉は本人曰く「難産タイプ」)
なんてことない中肉中背の骨格ウェーブ
私の身体的な前提は上記のとおりです。
中肉中背ですが、もともとおしりが大きめで、学校のジャージとかはどう着ても野暮ったく見える骨格ウェーブ。
子供ながらに、「絶対超安産タイプ」と思っていました。
子宮口が開くまでの時間に関してはおしりがどうこうではないと思いますが、知人は骨盤が羨ましいほど狭くて「計画無痛の予定が帝王切開になって大変だった!」と話していたので、本当に出産に関してだけは骨盤広めでよかったと思っています。
ちなみに超安産と書いたKABA様こと母について、最後の1人を出産した時は既に44歳。
なかなかの高齢出産で血圧も高かったため、予定日より2ヶ月早く「緊急帝王切開」により出産しています。
4人産んだけどさ、帝王切開が1番しんどいわぁ。経膣の1000倍。
とのことです。(※経膣・帝王切開どちらも経験した個人の意見です。)
どのお産も本当に命懸けですね…
ちなみにその2ヶ月早く産まれた子は、若干斜視があったものの専用メガネを使用した治療を行い、いまはそれもなく裸眼で過ごしていますし、生後半年(修正4ヶ月)でその通りの成長まで追いつき、あっという間に平均を超えていきました。
今では背の順も後ろから2番目あたりのようで身体的な問題は特に無く、勉学に関しても「普通」だそうです。平均的ってことですね。
出産までは体重6kg増加の優良妊婦
わたくしめ、もともと「肥満児」だったのです。
産まれた時は身長体重どちらも平均的でしたが、「好き嫌いなくなんでも食べる孫」と「食べるの大好き、食べるの大好きな孫も大好き」な祖母が同じ屋根の下で暮らしていたので、私だけぽっちゃりしていたのです。
小学校中学年あたりから何故か増量が止まり、今の中肉中背に落ち着いた、という訳ですが「太る才能は持っている」と今でも思っています。
そのため、体重増加はかなりビクビクしていましたが、意外にもそんなに増えず産休に入ったところ、先に出産した友人のアライグマ先輩に
臨月入ってみ。空気で太るぞ。
と、アドバイスをいただきました。臨月時の先輩の食事を聞くと、本当に空気で太ったんだなと思うくらいのヘルシーな献立。
普通のご飯を食べている私はどうなってしまうんだろう…と思いましたが、大して増えず。
普通のご飯でも著しい体重増加がなかった理由
私の中では以下のとおりだと思っています。
- コロナ禍で外食はほとんど無し
- 1日2回お散歩(距離的に3.5km程度)
- 1日2回マタニティヨガ
お散歩1回目は、夫の通勤(自宅から駅まで)に一緒について歩き、くるっと遠回りしてケーキ屋さんのいい香りを嗅いで帰ってくる、という素敵なお散歩。
ちょうど今くらいの季節だったので、歩くと暑くなってくるのでこのくらいの寒さが気持ちよかったです。
2回目はお昼ご飯を食べたあと、近くの河川敷を歩いて、産卵後の鮭を見つけたり、工事のおじさんを眺めたり、ゆったりしたお散歩でした。
マタニティヨガは、以下の動画を1日2回、「やろっかなー」と思ったときに行っていました。
ありがとう夏未先生…
骨盤底筋を鍛える動きもあるので、今もやっています。尿漏れ対策ですよ!20代で!
母も祖母も基本は超安産タイプだった
母は陣痛に気付かず洗車していたという、出産に関しては伝説級の鈍感タイプ。
経膣分娩は2、3回いきんだらみんな産まれてる、安産だったと言っています。
本人がそう思えてるならそうなんでしょうね。
祖母に関しては、進みがはやすぎて赤ちゃんの頭がするっと出てしまい、助産師さんたちに抑えてもらいながら分娩室まで歩いたと語っていました。
凄すぎる…
家系的なものもあったのかなと思いますが、母の姉については、本人が言うには難産とのこと。
2人の子供はどちらも長い陣痛に耐えたあと、帝王切開でした。
親が安産だったから自分も…ということではなさそうです。
臨月で高血圧気味に。計画分娩決定!
それまでは何事もなく順調な妊娠経過でしたが、臨月に入ると、血圧の上が130を超えるようになってきました。
妊婦だと高血圧のほうに区分されるようです。
1週間に2回通院して、漢方も処方されましたが、下がることなく、でも上がることもなく…
そして、予定日が近づいても、下りてくる気配のない我が子。
院長の指示により、計画分娩することになりました。
決まったのは、予定日4日前の金曜日。いますぐ行ってしまうと、土日で何かあった際に、大きな病院へ行くことが難しいらしく、週明け月曜日に入院して前処置を行い、翌日出産という流れになりました。
ちなみに、計画での出産予定はもともとの出産予定日ちょうどだったので、なんとなくこの日に産まれるといいな〜と思っていました。
土日に自然に陣痛が始まったらすぐ連絡してねと言われていたものの、何事もなく過ぎ去った2日間。
しばらくはないであろう夫婦2人だけの週末をのんびり過ごしました。
そして月曜日、クリニックへ向かう道中に背中の痛みやら息苦しさが出ましたが無事に到着し、入院(道中のことはまた別に詳しく書きますね)。
入院から促進剤投与まで
出産日前日
◆15:00
入院。すぐ血圧を測ると上が150オーバー。理由不明。
助産師さん背中をさすってくれたり、病院着に着替えて横になるうちに、いつもの130程度に下がる。
血圧が落ち着いてから、内診室に行き、バルーンを入れてもらう。
入れる時点で子宮口の開きは無し。バルーンにより、4cm程度開くとのこと。
ちなみにこの時バルーンを見せてくれたのですが、本当に見た目は風船そのもの!
入れた直後から、何故か背中に鈍痛。腰じゃなくて、本当に何故か背中。
この鈍痛、しばらく続きます。
◆18:00
夕食が運ばれてくるも、背中の痛みで体力が持っていかれ、メロンを一口食べてあとはすべて残す。
全然食べられそうにないと思い、記念に写真だけ撮っておいたものです。
(あぁ〜勿体無い〜〜。)と思いながら過ごしていました。
定期的に助産師さんが様子を見にきてくれるのですが、血圧が上がったり、定期的な陣痛が来たりは特になし。
とにかく背中の鈍痛で気が散るのと、定期的に血圧測定にいらっしゃる助産師さんの気配により一睡も出来ず夜が明ける。
出産日当日
◆6:00
助産師さんに、シャワーを浴びないか提案される。
最初はあまりのしんどさに却下するものの、「今逃すと出産翌日まで入れない。」と言われ、いつ産まれるかも分からないしさっぱりするために入ろうと決意。
荷物をまとめてのそのそシャワー室へ。
体が温まったのか、シャワー中から体調回復。あがるころには背中の痛みも皆無。
早朝のため気を遣ったふりして堂々とドライヤーをかけ、体調万全でルンルンで部屋へ戻ろうとする。
途中通る中庭の景色を眺め、ふと「この子は予定通り、絶対今日産まれる。」という謎の勘が働く。
◆7:00
朝食が運ばれてくる。完食。
その後お手洗いにいくと、生理のような、赤黒い経血が出ていることを確認。(これがおしるしなんですね、きっと。)
◆8:00
診察開始時間の前に内診室へ呼ばれ、前日バルーンを入れてくれた院長に様子を確認してもらう。
「もうほぼ取れてるよ。」とのことで、スポッとバルーンが抜かれる。「ぐえ。」という痛み。
9時頃から促進剤の投与を始めると説明され、一度部屋に戻る。
点滴開始までは、お腹の写真を取ってみたり、のんびり過ごす。
「いよいよ始まるんだ。」
未知の痛みに対する不安と、エコーでしか見たことない我が子と対面できる楽しみが交差して、なんとも言い表せない感情の数十分が経った頃、助産師さんが点滴を持って来られた。
今回はここまで。
次の投稿で、促進剤投与からを記録したいと思います。